2011年4月7日木曜日
The なんだこりゃ~
本日は、実に4ヶ月ぶりくらいに、病院で朝から晩まで働いた。 理由は、なんと、ストライキ。 お医者さんのような働きをするクリニカルオフィサーと薬剤師以外は、すべてHIV陽性者のピアエデュケーターで成り立っている、うちのセンター。 このたび、援助団体ICAP(International Centre for AIDS Care&Treatment Program)からの給料が払われていないという理由で、ピアエデュケーターたちが、先週の金曜日から、仕事に来ていないのだ。 しかし、そんなことは患者さんたちには関係ない。 ピアエデュケーターたちの人権も守られるべきだが、毎日正確に薬を飲み続けなければならない、HIV陽性者を相手にするうちのセンターにとって、いかなる理由があるにしろ一日でも、業務を怠ることは、決して許されることではない。 ピエデュケーターたち自身もうちのセンターで、薬やケアを受けている患者さんであるため、そんなことは十分承知のはずである。 先週金曜日、患者さんが大体診察を終えたくらいに、彼らがストライキを起こしたのは知っていたが、月曜日からは通常通り働くだろうと聞いていたので、私はいつもどおりフィールドでの活動をしていたが、昨日掃除のおっちゃんから、未だに来ていないことを聞き、今日は急遽手伝いに行った。 いつも、センターは7時15分には受付を始まるためそれくらいの時間に行った私だったが、驚きの状態が広がっていた。 金曜日からのファイルが、山のように積みあがり、誰一人スタッフは着ておらず、患者さんだけが、列をつくって並んでいた。おまけに、なぜか故障により、非常ベルが大音量で鳴り続けていた。 まさに!なんだこりゃー! 一人で、バタバタ準備をはじめ、後からちらほらやってきた、インターン生や違う課の助っ人数人と共に何とか、体重・体温測定と受付を終わらせ、ファイルをキャビネットから探し出し、クリニカルオフィサーに送り届け、次の予約日の確認をし、ノートに書き込み、次の日の準備をする。一日中バタバタである。 サボってばかりいる学生と、感じの悪いスタッフと、言葉がままならないおっちょこちょいの外国人しかいない、病院に誰がまた来たいと思うだろうか。 はっきり言って最悪だった。 ピアエデュケーターたちの行動は、許されることではない。また、給料が払われなくても、患者さんのために自主的に来る人が一人もいなかったこともとても残念だった。 だけど、給料をちゃんと払うと期待させておいて、払わず、しっかりとした説明もしなかったICAPも許されない。 とても、悲しい。 そして、追い討ちをかけるように、センターのボスは言った。 「私は彼らを許せない。来週、もう一度彼らを雇いなおすけど、こんなことをしたんだから、何人かはクビにするわ。」と。 彼らの声に親身に耳を傾けづ、患者さんも、そしてピアエデュケーターたちも苦しめるような道に進ませてしまった責任は、彼女にもあり、もちろん同じチームとして活動する私にもある。 が、しかし本当に患者さんたちには申し訳ない限りだけど、 今こそ最大のチャンスである。 チームの連携プレーがなければ、そしてお互いを尊重し合わなければ、どこかに歪みが生まれる、私たちの仕事は成り立たないのだということを誰もが、痛感した。 今回のピンチを存分に生かし、前進につなげていこう。 ということで、今日はとりあえず、一人で黙々と、仕事を終わらせ、いたるところに私の持っている限りのポスターや資料を張り、片付けまくり、いろいろ細工を施してきた。 相棒のデイビットが旅にでて、少しだけフィールドでの活動も暇になったので、うちのセンター改造計画、そして、プライドの高いボスを改革していこう計画。開始~ 日本でも復興支援を行っている、ボランティアの方々、自分たちも被災した中で毎日患者さんと向き合っている医療者の方々の偉大さをまたまた感じさせられた。 帰り際に、体温計をドコに置いたか、定かではなく、赴任当初に引き続き、二度目の体温計紛失させてしまったかも知れないという不安でいっぱいの私だが、これから始まる戦いのために、しっかり寝よう~
2011年4月4日月曜日
The Life is fight!
ドコにも行く用事がなく、シアヤにいられる週末は、引っ張りダコの私である。
自分で言うのもナンなんだけど。
昨日2件、本日朝一から夜遅くまでかけて5件、職場の人の家やお友だちの家々を流れのままにまわされた。
その中でもメインで、約束していたのは病院で掃除をしているアキーニの実家。
実家と言っても、教会が経営している孤児院である。
他の孤児院がどうなのかは分からないけど、そこは、どこからの援助も受けず、近所の人々の協力と、教会の寄付金、自分たちで農牧したものを売って成り立っていて、幼稚園から大学までの子どもたちが住んでいて、おまけに行き場のなくなってしまった障害者も受け入れていた。
そこの責任者いわく「ファンドはいらない。すべて必要なものは、神が与えてくれるから」だそうだ。
一緒に行った、若干激しすぎるくらい慈悲に満ちた小児科の看護師と、陽気でなかなかいいキャラの病院の警備のあんちゃんと、私は、その子どもたちの前で、人生の経験を話してくれと頼まれた。
長々と真剣に話す二人の話と、子どもたちの様子を観察しながら、何を言おうか考えた。
考え、考えたけど。
それぞれの理由で両親をなくし、これから自分たちの力で生きていく彼らに、私がかけられる言葉なんてあるわけもなく。
両親がいなくても、神はいつもあなたと共にいるよなんてきれいごとを言えるわけもなく。
追い詰められた私は、自分でも驚いたけど、満面の笑みと、全開の情熱をこめて、日本語で
『人生は勝負なり!』と口走っていた。
いちよう埋め合わせで、 『この日本語の意味は、人生は勝つか負けるかしかない。私たちがどんな状況にいるにしても、私たちは問題ではなく、答えになれるのです。 負けないでください。あなたのPowerや才能をムダにしないでください。 待っているだけではなく、積極的に夢を持ち、それを実現していってください。』 的なことを英語で説明したつもりだけど、うまく伝わったのか、コレが彼らにとってよい言葉だったのかわ分からない。
でも、今日感じたことは、孤児だからってかわいそうとか、哀れみの態度で接してもしょーがない。
大変な状況にある人に陰気な顔して接したら、本当に不幸見たいな感覚に陥ってしまう。
大変なときこそ、辛い思いをしているからこそ、明るくなれる。素敵な笑顔の人になれる。
自分で言うのもナンなんだけど。
昨日2件、本日朝一から夜遅くまでかけて5件、職場の人の家やお友だちの家々を流れのままにまわされた。
その中でもメインで、約束していたのは病院で掃除をしているアキーニの実家。
実家と言っても、教会が経営している孤児院である。
他の孤児院がどうなのかは分からないけど、そこは、どこからの援助も受けず、近所の人々の協力と、教会の寄付金、自分たちで農牧したものを売って成り立っていて、幼稚園から大学までの子どもたちが住んでいて、おまけに行き場のなくなってしまった障害者も受け入れていた。
そこの責任者いわく「ファンドはいらない。すべて必要なものは、神が与えてくれるから」だそうだ。
一緒に行った、若干激しすぎるくらい慈悲に満ちた小児科の看護師と、陽気でなかなかいいキャラの病院の警備のあんちゃんと、私は、その子どもたちの前で、人生の経験を話してくれと頼まれた。
長々と真剣に話す二人の話と、子どもたちの様子を観察しながら、何を言おうか考えた。考え、考えたけど。
それぞれの理由で両親をなくし、これから自分たちの力で生きていく彼らに、私がかけられる言葉なんてあるわけもなく。
両親がいなくても、神はいつもあなたと共にいるよなんてきれいごとを言えるわけもなく。
追い詰められた私は、自分でも驚いたけど、満面の笑みと、全開の情熱をこめて、日本語で
『人生は勝負なり!』と口走っていた。
いちよう埋め合わせで、 『この日本語の意味は、人生は勝つか負けるかしかない。私たちがどんな状況にいるにしても、私たちは問題ではなく、答えになれるのです。 負けないでください。あなたのPowerや才能をムダにしないでください。 待っているだけではなく、積極的に夢を持ち、それを実現していってください。』 的なことを英語で説明したつもりだけど、うまく伝わったのか、コレが彼らにとってよい言葉だったのかわ分からない。
でも、今日感じたことは、孤児だからってかわいそうとか、哀れみの態度で接してもしょーがない。
大変な状況にある人に陰気な顔して接したら、本当に不幸見たいな感覚に陥ってしまう。
大変なときこそ、辛い思いをしているからこそ、明るくなれる。素敵な笑顔の人になれる。
『人生は勝負なり』
生きることも、今の活動も、生優しいもんじゃない。前に自分が進もうとすることは、苦しい作業であったりする。
人生も、今の活動も、勝つか負けるかどっちか。やるかやらぬか、続けるかあきらめるか。進むか逃げるか。
何気なく発した言葉だったが、そんな追い詰められた自分の言葉のおかげで、なんだか吹っ切れた私だった。
だけど、あまりの疲労に、明日起きれるかかなり心配である。
2011年4月2日土曜日
The Seed
愚痴を吐きます。
ここ数週間、全力で、動き回りました。
寝る間も惜しんで活動の準備をし、ご飯を食べる間もないくらい忙しく走り回り、あるときは一日中自転車で村を回り、あるときは政府の機関や大きなNGOや病院に質問と意見を言いに行ったり、パワー全開で戦いました。
だけど、結局何一つできない。
何も変わらないし、何にもできていない。すべてが無意味にも思える。結局私って・・・と思ってしまう。
嬉しいことも少しはあるけど、ほとんどはあ~あと思うことです。
結局必要とされるのは私ではなく、お金、カメラ、パソコン。
口では、家族だの、友だちだの、仲間だの言っているけど、結局は外国人なんだろうね。
毎日、朝、パワー全開で出かけて、全開に疲れて帰ってくる毎日。帰り道涙が止まらないこともある。だって、女の子だもん~.
ケニア人に英語で愚痴がいえたらいいのに。そんなボキャブラリーはございません。
結構自分苦しんでいるんだな~と思います。
でも、愚痴が言えることは大事なことです。
強さも脆さも人間であることの証です。
だけど、私は笑います。笑うことは、幸せの結果ではなく、幸せの原因だから。
何もできていなくても、意味のないことをやっているのだとしても、立っていたいと思います。
なぜなら、一人ではないから。
日本にも、世界中にも、いろいろなそれぞれの場で、くじけづ踏ん張っている人たちがいるからね。
やるしかないのです。
種から芽が出ないこともある。時間がかかることもある。
種を植えることをやめれば、一生何一つ咲くことはない。
どんな地でも、どんな種でも、植え続けることは、それがたとえ育たなくても、土地を耕すことになる。それは、土地を豊かにしていることである。
一ヶ月前に、なんとなくその辺の荒地に植えたモリンガの種。
水もやることなく、何の世話もしていなかったけど、一人で黙々と育ち、元気に顔を出していた。
なんだかとても輝いて見えた。
ここ数週間、全力で、動き回りました。
寝る間も惜しんで活動の準備をし、ご飯を食べる間もないくらい忙しく走り回り、あるときは一日中自転車で村を回り、あるときは政府の機関や大きなNGOや病院に質問と意見を言いに行ったり、パワー全開で戦いました。
だけど、結局何一つできない。
何も変わらないし、何にもできていない。すべてが無意味にも思える。結局私って・・・と思ってしまう。
嬉しいことも少しはあるけど、ほとんどはあ~あと思うことです。
結局必要とされるのは私ではなく、お金、カメラ、パソコン。
口では、家族だの、友だちだの、仲間だの言っているけど、結局は外国人なんだろうね。
毎日、朝、パワー全開で出かけて、全開に疲れて帰ってくる毎日。帰り道涙が止まらないこともある。だって、女の子だもん~.
ケニア人に英語で愚痴がいえたらいいのに。そんなボキャブラリーはございません。
結構自分苦しんでいるんだな~と思います。
でも、愚痴が言えることは大事なことです。
強さも脆さも人間であることの証です。
だけど、私は笑います。笑うことは、幸せの結果ではなく、幸せの原因だから。
何もできていなくても、意味のないことをやっているのだとしても、立っていたいと思います。
なぜなら、一人ではないから。
日本にも、世界中にも、いろいろなそれぞれの場で、くじけづ踏ん張っている人たちがいるからね。
やるしかないのです。
種から芽が出ないこともある。時間がかかることもある。
種を植えることをやめれば、一生何一つ咲くことはない。
どんな地でも、どんな種でも、植え続けることは、それがたとえ育たなくても、土地を耕すことになる。それは、土地を豊かにしていることである。
一ヶ月前に、なんとなくその辺の荒地に植えたモリンガの種。
水もやることなく、何の世話もしていなかったけど、一人で黙々と育ち、元気に顔を出していた。
なんだかとても輝いて見えた。
The Friend
最近の私の相棒、デイビット君をご紹介します。
彼は誰よりも、上手に私を利用する、世渡り上手。
最近期待している、シアターグループの運営を担当しており、おととし、ケニア全国区のアマチュアの演劇コンクールみたいなやつで、ベストアクターに輝いた実力者らしい。
普段の生活でもすぐに、演技や踊りを始めてしまうような変わり者。
こう見えて若干23歳の若者ですが、伝統的な楽器を起用に使い、とても物知り。
その上、ケニアでは珍しい、無宗教。
道を切り開くのはどんな神でもなく、自分だけ。自分自身で学び知識をつけることが力になる。からだそうです。
口癖は『知識は力』。
足が半端なく臭いのと、「ありがとう」とほとんど言わないのは気になりますが、 彼は完璧なボランティアで、いろいろな活動をこなします。 以前大きなNGOが行っていたマイクロファイナンス(お金の使い方、キープの仕方、商売の仕方などを教えた上で、低利子でお金を貸して、それを少しずつ返しながら、自分たちの力で貧困からぬけだしていくという活動)も、今は彼が自主的に毎月状況を確認しています。しかも、ミーティング会場までは、自転車で、1時間半かかります。 どこのグループも、しっかりと毎回期日までに、ローンを返済しているらしい。
彼の功績は地道で、目立たないけれど、偉大です。
二人で、政府機関やNGOを回りまくったりもしています。
目的は、彼のシアターグループの出演の売り込みと、モリンガの宣伝、ヘルス教育をすべての学校で行おうという提案。
彼曰く『イベントなどのスケジュールがあっても、偉い人たちはほとんどが、椅子に座って、待っているだけ。こっちから動いていかないと、何もしないけど、行ったら何かしらのアクションが起こせる』らしい。
彼と、人のいいおっちゃんと3人で、モリンガ君を苗用に500粒植えました。目指せモリンガの地・シアヤ!
ということで、目標は、シアヤのすべてのヘルス施設、学校にモリンガを植え、ケニアが持つ貴重な資源を生かしていかないともったいないよ~と私の立場から言って歩くこと。
そして、彼のおかげで、フォレスト省というのか、何か自然のことについて担当している、政府機関からの協力もいただき、とにかく、この一番植物の育つ今の時期に、いっぱいモリンガの種を植えることができそうです。
彼とシアヤ保健事務所の健康教育の担当者に学校での健康教育をマストにしよう!と提案しに行き、プランニングを彼らと、政府機関とを巻き込んで、計画をスタートすることにもなりました。
ま~先はどうなるか分かりませんがね。約束はあるようでないようなものなんでね。
でもなかなかおもろい成年です。
彼も容赦なくルオ語で私に話してきて、私も平気で日本語で返します。
言いたいことはお互いにいえるよい友です。
何よりも、時間も約束もある程度守ってくれることと、私の何気なく言った思い付きの提案も実行に向けて真剣に考えてくれるところがありがたい限りです。
しかし・・・・・・、
スポーツと若者の活動を担当している政府機関に私と共に行ったことがきっかけで、幸か不幸か、突然明日から一ヶ月、何かのトレーニング合宿に参加することになりました。
柱のを失ったら、彼のシアターグループがどうなってしまうのか、若干不安です。
進めていた計画が、チャラになってしまわないかということも若干不安です。
なんだか、相棒が旅立つみたいで明日からとってもさびしくもなります。
一回り大きくなって、さらにみんなを引っ張るリーダーになることを心から期待したいです。
今回の彼の旅立ちで、私は何もできていないと思っていたけれど、なんだか友は少しずつ創れているんだな~としみじみ思えた。
あと1年2ヶ月後、どんな思いでケニアを立つのか、今は予想がつかない。
だけど、共に未来を見つめながら、希望に燃えて、熱い気持ちで握手を交わし、新しいスタートが切れたなら、どれほど幸せか。
いつの間にか、何かを変えようとか、何かでかいことを起こしてやろうと独裁者のような気持ちに陥ってしまっていたが、一人一人とごまかさず、大切に真剣に話をしていくことが、私が一番にやるべきことだと、彼に教えてもらった気がした。
2011年3月30日水曜日
The Music
人々の中に長年にわたり染み付いている、行動や性格やシステムや考え方、そして社会の流れなどは、そう簡単に変わるものではない。
私だって、自分自身にどう革命を起こしていくのか一日一日、一時一時が葛藤の連続である。
私たちがやっている活動は、人々の日々の流れを自分の体前進を使って壁を造り、あるいは洪水を起こして、あるいは流れに追い風を起こしその勢いで、方向をちょっとづつ変えていく、またはその流れに共に乗りながら泳ぎ方を変えてみたりというものである。 何かを始めようと思ったら、まず援助団体探しから。 日中は禁欲・コンドーム使用は大事だといっていても、夜になると忘れてしまう。 未来を決するのは、自分ではなく神様。 Clientsの気持ちよりも自分の欲望。 理屈より感情。 しかし、短所は長所の裏返しとよく言われる。 何かとスキーに置き換えて考えることしかできない私ですが、長年直そう直そうと思ってもできないことが、いい部分に注目してそこを極めようと思ったら、悪いくせがいつの間にか直っていたというのはよくあること。 つまりそういうことなんだと思う。 がしかし、いくら考えても、人々にとって何が一番よい方法なのか答えを急ぐのは、自分を苦しめることである。 今やっている活動が、いいのか悪いのかは、30年後、40年後にならなければ分からない。 でも強く感じるのは、彼らは、先進国といわれる国の人々向けに、よい言葉を並べたり、理屈で説明できる生き方を演じながらも、ものすごく生き物らしい理屈じゃなかなか解決できない感覚をもち続けていることである。 そして、彼らの体から湧き出る、音楽の魂の力は本当にすごい。 昨日、こんな怪しいおっちゃんに会った。酔っ払い。やばそうなたまり場によくいるおっちゃん。
だけど、彼がこのなんていうか忘れた手作りの楽器で奏でる音は、ものすごく美しい。 そして、驚くことに、即興で人が歌ったメロディーに完璧にあわせることができる。 おまけに、その辺で飲んだくれて、タバコをすっていたやばそうな男たちがそろいも揃って、平和の歌を真剣に歌いだしたときには、笑いが止められない。 人の心を結ぶのが音楽
傷ついた心を癒すのも音楽
言葉の壁乗り越えてゆく音楽
目に見えない偉大な力、それが音楽
始まりはきっと恐れる心を打ち砕くために吠えた叫び
それはやがてみんなの帰りを無事と祈り待つ母の願い
ほら顔を上げてみてごらん
すべてが輝きだす
実はこんなに素晴らしい世界に生まれたんだ~・・・・・。
(Def TechのアルバムMind Shift,『おんがく』から抜粋)
彼ららしさを知れば知るほど、HIVってやつは、本当に恐ろしいくらいうまい具合に彼ららしさを利用し広がり続けてきたんだなと思う。 彼ららしさを生かしながら、HIVの感染を止めるには、MUSICしかないんじゃないだろうか。 私の瞑想は続く・・・・。
2011年3月28日月曜日
Cheering Message
ぞくぞくと集まっております!
日本へ届け~
『Cheering Message』
私のつたない日本語訳ですが~
私たちは、津波と地震により無数の財産と生活を失ってしまった親愛なる日本の兄弟、姉妹たちにケニアから祈りを捧げています。私たちはあなた方が経験した大変な時間の中で、共に立ち上がります。希望を忘れないでください。
Byパトリック(HIVピアエデゥケーター)
私はあなたの国で起こったことを心から気の毒に思います。私は私の最高の笑顔を見せるという方法であなた方を励まします。
Byジュリー(ンバガ中学生)
津波や地震により財産や生活をなくした日本の方々にお見舞い申し上げます。私は、懇願します。この嘆きの中で再建をスタートすること、前進しよりよい成果を生むことを、そして、強く居続けることを。
Byウィリアム(中学校社会科教師)
私は祈り続けることであなたを勇気づけたい。私は、両親を失った方々に知ってもらいたいです。あなたのお父さんとお母さんは天国であなたを見守っています。そして、彼らはあなたを愛している。そして、懸命に祈っている。聖書の中で、神は、決して離れないといっています。私はあなたに言いたい。神は決してあきらめずにあなたと共にいると。
Byビクトリア(ンバガ中学生)
あなたやあなたの家族に起こったことを気の毒に思います。しかし、生活を続けなければなりません。そして、誰につぶされることなく、あなたでいるために懸命に働かなければなりません。
Byあなたの親愛なる友、ミッチェル
私たちは、日本を襲った津波と地震により、生活や財産を失った人々に対して、深い同情を述べたいと思います。私たちはあなた方を敬愛し、あなたたちの挑戦を共に共有します。今日も生きて、日本をまた一つ建設していくために、笑顔と声援を贈ります。
By中学校校長
I feel as if this unfortunate incident happenned to the entire human race.Please do not feel alone. We are praying very hard for the survivors and for quick repose of the departed ones.
私はこの不運な出来事がまるで人間に科せられた試練のように感じています。一人だと思わないでください。私たちは、被災者の方々となくなられた人々のために懸命に祈っています。
By ケン(SGI-Kenya-Siaya)

今だ平均寿命が短く、身内の死というものが身近にあるケニアの人々のメッセージは、どれも今回の日本の被害を自分のことに重ね、自分を励ますようでした。
私も、すごく励まされた。
2011年3月26日土曜日
The 人間の原点
只今、シアヤで、旬の味覚。
どじょうの塩揚げのようなおいしさ。
貴重なたんぱく源。
昨日3月24日は『World TB(結核) Day』
ということで、今だHIV、マラリアと共に、大きな死の原因となっている、TB予防のイベントが各地で行われた。
当日まで知らなかったが、演劇のユースグループが公演するということで、連絡をいただき、今回は、病院のお偉いさん側ではなく、ユースのメンバー側で、参加させてもらった。
結構なグループ意識を持つケニアン。誰と共に行ったか、活動をしたかによって、
おまえは、シアターグループになったのか、空手クラブじゃないんだな。病院の仲間じゃないんだな。など、結構メンドウなことになる。
私は、病院のボランティアで、空手クラブも好きだし、いろんなユース・サポートグループに期待をしている。みんなの仲間である。ココにいる誰とも同じ立場ではない、だけど仲間である。
今日だけ音調係りの大役を任され、お偉いさんの隣に座るボダボダ(自転車タクシー)のお兄ちゃんたちと、jicaのシールが凛と張られた、音調機器。
お偉いさんの話そっちのけで、配給されたソーダとクッキーを必死に食べる観客。
ソーダとパン一袋をゲットした少女。
今回はRed Cross(赤十字)の主催。
私たちが、前に日本で募金した赤い羽根募金が、この子に届いたのかもしれないと思うと、ちょっとだけよかったかなと思える。
イベントのお決まりの光景。
パンやクッキーをもらうために群がる人々。
今回もまた、ものすごくたくさんの資金が使われたであろうこのイベント、TBテストと、VCTもやっていたものの、コレが最大限必要な人たちのための、必要な効果につながっているのか、?レベル8ぐらいだった。
ただ結果を報告するためにやるだけではなく、誰のために、何をして、何を伝えるのか。
でも、やらないよりはましかな。
やりたいことがなんとなく定まってきた最近は、片言のルオ語と、スワヒリ語、そしてまだまだ片言の英語と困ったときのSmileを武器に、病院、コミュニティー、政府の機関、学校、いろんなお店、サッカー場など色々なところに、変な外国人出没。そして、持っている情報をところかまわずぶちかまし、自分の必要な情報をいただく。まるで必殺仕事人。
その中でも、力を入れているのは、モリンガ促進活動。
ということで、今日は、農業省の農業トレーニングセンターの物分りのいい物知りの所長さんに、シアヤに適した肥料の作り方を教えてもらった。
同じ野菜を食べるのでも、豊かな土か、きれいな水か、などによって、栄養素がまったく違う。
ただ食べるだけではなく、食べて栄養をしっかり取って生きなければいけない。
豊かな土壌を作るための、家畜の糞、残飯、米殻などは、十分にある。
後は、方法。
発達した機械技術よりも、医療よりも、何よりも大切なことは、食べること。農業こそが人々の生活を支える。 そして、食の場こそが人々の心を支える。
自然の恐ろしさをしった先進国から来た若造が、自然の大切さ、農業の大切さ、ケニアの大地の素晴らしさを語り、肥料作りをケニアで学び、共に木を植える。
これほど滑稽なことはないけれど、私にしかできないことの一つだと思う。
ということで、6月からこのトレーニングセンターで、モリンガ先生になるらしいです。私。
僕のおしっこと糞を利用しないのは、モ~もったいないモ~。
林業を一代で立派に成し遂げた、今は亡き気性の荒い私のじーちゃんは、自然についてすごく物知りで、何か気にくわないことがあると、役場に怒鳴り込み行くような人だった。
今私が、ケニアでやっている活動は、そんなじーちゃんと同じようなもんだ。
知りたいことがあったらみんなで共有し、言いたいことがあったら誰にだろうと言い、情報を得るチャンスはみんなに与えられるべきである。政府、お偉いさん、農家の人、職のない人、子どもたち、変な外国人、みんなを巻き込み、みんなで力を合わせて、よりよい未来を作っていかなくては。
じーちゃんの斬新な生き方のすごさに、今、気づいた。
あと、三吉の重要さもね。
頑張ろうニッホン!
Have a good weekend~
登録:
投稿 (Atom)








